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バッハサロン ”風雅の戯報” 

このコーナーは「すざかバッハの会」に参加したすべての方が自由に感想を述べていただき、WEB上で親交を深めていただくという場所です。日頃のバッハへの思い、講義にでた感想、コンサートの印象、なんでも結構ですので投稿してください。投稿方法はメールで  またはWEB上のフォームから
 
牧野様

だいぶ日にちが経過してますが、以下のブツがまだお手元におありでしたら引き取らせていただこうと思いますが、どうでしょう?

2、モーツアルト 弦楽四重・五重奏全集(8枚組) EMI 輸入版新品  ¥1500


4に出ていた、パガニーニ ウ゛ァイオリン協奏曲1番 他 グラムフォン 庄司紗矢香(Vn)ズービン・メータ(準新品 ¥600) ・・・・ このCDは私も持っていますがいいですね、
パガニーニはギターとバイオリンの協奏曲もいいですね。 

ほかにありますか?
三波春夫や民謡もOKです。


下記の文章は、平成17年7月2日に書いていただいたものですが、2月2日に管理者に配信されました。今までどこを旅していたのでしょう。原因はわかりませんが、せっかくお書きになっていただいたのでここに掲載させていただきます。

 「教会でパイプオルガンが聴ける」 前々から楽しみにしていました。
バッハが作曲家としてだけでなく、オルガニストとしての、名も高く評価されていた
という事も改めて知りましてた。
前半の演奏は座席が満席のため、(実行委員としては嬉しいこと)後半のみの演奏を
聞くことができました。
コラールの演奏の調べが耳に、全身に心地よく流れます。目を閉じて聞き入っている
うちに、ふと思い出すことがありました。

 小学校高学年に入ろうとした頃、どうしてもピアノを習いたくなったのです。
ピアノなんてとんでもない、オルガンさえいくら親にせがんでも買ってもらえそうにないという家の経済状況は、子供なりに知っていました。学校の音楽室で練習をかさね、バイエルが終わりに近づいた頃、ようやく足踏みオルガンを与えてもらうことができました。私にとっては一番の、そして高価な宝物でした。

 5,6年生の頃でしょうか、「われは海の子」の伴奏を先生に勧められ、毎日練習。そして校内音楽会では、無事その役を果たして一安心。
それから数日後、市内合同音楽会。いざ本番というときに、どうしたことか、前奏から合唱に入ってこれからというのに突然パニック。頭の中はまっ白。指が動くことを忘れてしまっている。その上、暗譜で通していたので譜面を持っていなかった。(信じられない話)

 この失敗がどれほど先生やクラスメイトに迷惑をかけてしまったかを思い、子供心にも身がちぢむほどつらく切なかった。しばらくはピアノやオルガンの前に座るのが怖かった。小さな胸(?)はつぶれた。  それから何年か後、私の宝物だったオルガンは我が家から消えた。

 三曲目、「パッサカリア ハ短調」の演奏に入った頃には、悲しく苦しく、できることなら一生ふたをして忘れてしまいたいと、何度も思った思い出さえも、懐かしさと重なってなんとも言えないほのぼのした気持ちで振り返ることができている自分に気がつきました。
 そんな自分にようやくなれたのでしょうか・・・
 年齢を重ねたということなのでしょうか・・・                
                          
バッハの作品の調べと、パイプオルガンの奏者の音色と響きがひとつになり、そんな気持ちにさせてもらえたのでしょうね。 きっと・・・・                                     
                須坂のイケママ               
              


「すざかバッハの会」に関わって三年間、同じ目的で皆と一緒に行動できたということは私にとって本当にすばらしいことでした。
大したこともできませんでしたが、皆さんありがとうございました。
次回はモーツァルトということですので、今度は、じっくり、ゆったりと聴かせていただきたいと思っています。


さて、最後に・・・

以前チェンバロを運ぶ手伝いをしたことがありました。
あんなスリムなボディーをしているのに何と重いことか。
 「いったい何キロあるんですか?」と聞いたところ、
 「70キロありますよ」という答えでした。

 「わたしといっしょですよ」

の声に振り返ると な、な、何とそこに、かっぽう着Mさんがいるではありませんか。

チェンバロもMさんも着やせするタイプなんですね。

・・・・・・・・・・・・・・ここだけの話ですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・

                             着やせする肥満爺


最近、といっても昨年ごろからクラシック漫画で「のだめカンタビレ」というのが流行っているのをご存知ですか?
主人公:野田めぐみ:と千秋という天才音大生との間に巻き起こる様々な人間模様が時には面白く、ある時は音楽的にも的確に表現された興味深い漫画です。
この漫画でクラシックファンになった人も沢山いるとの事、是非ご一読あれ。
現在、全部で13巻まで発売していますが、無理して買うことはありません。バッハの会に関係しておられる方には私がお貸しいたします。是非このサイトを使ってお知らせ下さい。

尚、私が間違って同じCDを買ってしまったものが沢山あります。格安にお分けしたいのですがいかがでしょうか。
商売にここを使うのは不謹慎ですが、何も書き込む人がいないのも寂しいので1回だけ試しにやってみましょうね。

商品一覧

1、ショスタコーヴィッチ 交響曲5番  ムラビンスキー レニングラードフィル管弦楽団  新品 ¥600
2、モーツアルト 弦楽四重・五重奏全集(8枚組) EMI 輸入版  新品  ¥1500
3、ニールセン 協奏曲全集 ボーンマス交響楽団 NAXOS  解説付  新品  ¥600
4、パガニーニ ウ゛ァイオリン協奏曲1番 他 グラムフォン 庄司紗矢香(Vn) ズービン・メータ
    準新品 ¥600

  他にも沢山あるので問い合わせて下さい。BOOK OFFより絶対安く提供します。あそこは価格設定がメチャクチャなので私にも判りません。何も知らない人が勝手にマニュアルを見て値段をつけているらしく店によっても、常識的に行っても価格は違います。中には定価より高かったりしてね。廃盤でもないのに。

                                       会員番号09 牧野 富士男
                                        п@090 5788 8923 


第4回「木管楽器の楽しみ」
〜バッハからジャズまで〜

すごく良かったです。!!!
ほとんどフラットに近いフロアーでしかも間近でバロックの演奏が聞け
まるで、別世界で映画の中にでも居るような気分になりました。

  そして、礒山先生が演奏者のお一人お一人を絶妙なタイミングで紹介されて、お人柄が伝わるとその後の演奏が尚いっそう心に響いて、楽しさ倍増でした。

  江崎さんのCD申し込みました。自他ともに認める「上手い」でした。

  長久さんのお持ちになった、チェンバロ、美しいー!!!生涯忘れられない程綺麗でした。ご本人もお綺麗でした。

 塩嶋さんの演奏される11月17日楽しみになりました。ああー上手く書けないー、もどかしい思いです。でもメールせずには居られませんでした。

戸松陽子      

今晩は。隣 O町のK,I です。3回目の投稿です。(1年当たり1回の投稿ですが)
遅くなりましたが素晴しかった4月10日(日)のコンサートの感想について述べさせて頂きたいと思います。

今回は主催が須坂市文化振興事業団、共催「すざかバッハの会」との事で、まずお客様の多さに驚かされました。此れも関係各位の皆様の熱心な活動の結果にて、何時もながら敬意を申し上げる次第です。

今回演奏される曲目は、結構馴染みの曲も有って以前から楽しみにしておりました。
前回のマタイ受難曲の時もそうでしたが、礒山先生に解説して頂くと、曲の成り立ちというか、ドラマ性がとても良く理解出来て、色々な事に次々と興味が湧いて来ます。 キリストが処刑されるまでに抱いた恐れとか、代わりに処刑を免れたバラバの事とか、(そう言えば其々を題材にした映画が有ったような気もしますが、)結構感情的には普通の人間と変わり無かったんだなと思い、何となく親しみさえ覚えた記憶が有ります。

今回のカンタータ第199番も、歌詞対訳を付けて頂いたので、その点に付いてはとても判り易かったと思いますし、又、演奏の前に先生の解説が在った事に拠って、詠唱と楽器の関係がとても良く理解出来ました。私は生理的にオーボエの音色が大好きなのですが、今回の江崎さんのバロックオーボエの柔らかい響きにはもう、参りました。詠唱がそのオーボエやバイオリンと時には追いかけ重ねたり、時にはハモッたりで、心地良い曲に相応しいバランスの取れた素晴しい詠唱、演奏だったと思います。

後半のモーツアルトの曲も、年初パンフレットを頂いた時から楽しみにしておりました。バッハの会には必ず予習していく様にしており今回も2〜3の“エクスルターテ、ユビラーテ”や“教会ソナタ”をCDで聞きましたが、此れだけ有名な曲でも生で聴くのは初めてですので、教会ソナタもともかく、細谷さんの“エクスルターテ、ユビラーテ”K165がとても待ち遠しくて、ワクワクしておりました。期待に違わず、細谷さんのとても綺麗なそして涼やかな詠唱で、天才モーツアルトの世界が広がって、とても幸せな時空でした。アンコールの拍手が鳴り止まないのも当然で、本当に“アレルヤ”の部分だけでももう一度聞きたかったのが本音です。又、其れに応えて下さった“春への憧れ”K596も、オルガン伴奏と相まってとても良かったと思います。演奏者の皆様有難う御座いました。

音色、音の高低強弱や其の羅列の瞬間で成立している“音楽”とは実に不思議な世界だと思います。形が在る訳でも残る訳でもなし、只其の刹那の響きなのに、如何して人間の感情を左右出来るのでしょうか?難しい事はよく判りませんが、之からも自分好みの“音”を”楽“しませて頂きたいと思いますので関係者の皆様宜しく御願い致します。相変わらずの雑文ご容赦。其れでは此れにて失礼させて頂きます。                                                            O町 K,I 

私はヘルパー歴約5年、毎日いろんなお年寄りと接しています。
昨秋から84歳で心臓の悪いご主人、77歳で腰が痛くて歩行困難な
奥様のお家に行っています。

掃除が出来ないから、確かにほこりっぽいのですが、居間のピアノだけが
いつもピカピカしています。
「大事になさってるんですね。」と申しましたら、奥様が恥ずかしそうに
「体調が良いときは連弾するんですよ。小学校の教科書の曲だけど。」
とのこと。ご主人は先生だったし、奥様はお若い頃からピアノに親しんで
こられたそうです。

CDも沢山お持ちですが、息子さんから贈られたプレヤーの扱い方が
分からないというので、ラベルを貼って分かるようにしました。
音楽会なんて長いこと行ったことがないそうなので、4/10のコンサートに
お誘いしました。
昼間の時間帯ですから、病弱なおふたりには丁度良かった。

高齢でもジャズが好きな方や、クラシックファンも結構居られます。
そういう方達が気軽にコンサートに行かれるような社会であって欲しいと
思います。機会があったらまたお連れしますね。
                  2005.3.21 長野市 塚田晃子


礒山先生よりバッハの超大作を詳解いただきました。
バッハのエネルギーの源は何だったのだろうと
改めて「聖書」の力に思い知らされました。

マタイオスの福音書28章第2節に
「すると、大きな地震が起こった。主の天使が
天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に
座ったのである。」(共同訳より)

3時間に及ぶ超大作のクライマックスが
何を伝えているのか、私には限りなく馬の耳に念仏的。
当時のバッハも読んでいた新約聖書を読んでも・・・。
          −薄識Y生−



「マタイ受難曲」の講義をうけての感想
マタイ受難曲、この曲の感想は私にはとても無理ですので、バッハとモーツアルトに
ついて私なりの感じ方を述べてみたいと思います。

バッハは音楽の父とも言われ、モーツアルトは音楽の天才とも言われています。
私もまさにそのような気がしていますが、バッハの音楽を聴いていると私にはバッハ
こそ天才ではと思うことがしばしばです。と言うのもバッハの音楽は星空から降って
くるようなとても神秘的な感じをうけます。バッハはいつも私の心の洗濯をしてくれ
ているような気がしてなりません。

仕事や人付き合いににつかれたときなど、私は良く一人庭に出てイヤホンでバッハの
音楽を聞きながら星を眺めるときがあります。まさに天から降ってくるというよう
な、全身に音楽のシャワーを浴びるような感覚です。そのような曲を何曲も作曲した
バッハこそ天からの贈りもののようにさえ感じるのです。
私はモーツアルトが好きですけどバッハの良さをもっともっと探していきたいと思っ
ています。

最近は会長から頂いた「平均律」毎日のように聞いています。特に出張の電車の中
や、ベットに入ってからの読書のときなどにも良く聞いています。グールドのピアノ
の魅力も加わって何とも言えない世界へ案内してくれます。もう私にとってクラシッ
ク音楽はなくてはならない最大の喜びの一つです。
これもこの世界へ招待してくださったいろんな人たちの御かげです。
この辺で昨日の感想に変えさせていただきます。

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株式会社ナディック 上野栄蔵


バッハ事典の他の事典より転載します。
私には読んでも尚、解らないのですが
まあ、お読みあれ。こんな事をスラスラ解る人は尊敬に値すると私は思うのですが。

モテット
motet [英・仏]  Motette [独]  mottetto [伊]  motetus [ラ] 
 モテトゥスともいう。語源は「言葉」を意味するフランス語の motから。1
3世紀前半に成立したポリフォニー声楽曲の一分野であるが,時代によってその内容
が異なり,総括的に明快な定義を与えることは不可能なので,以下時代別に説明す
る。

 モテットは,13世紀初期にノートル・ダム楽派のオルガヌムのディスカン
ト様式で書かれた部分(おもにもとの聖歌のメリスマ部分を定旋律とした部分),ま
たはそれを書き直したクラウスラに新しい歌詞を付けて歌ったことから始まった。最
初は,聖歌にもとづく主旋律(テノル声部)に対する第2の声部(ドゥプルム声部)
に歌詞をつけ,それを「言葉をつけた声部」という意味で「モテトゥス」とよんだ
が,そのうちに楽曲自体をその名でよぶようになった。

 初期のモテットは,聖歌にもとづく定旋律にノートル・ダム楽派特有の3分
割リズムをほどこして作った主旋律をテノル声部に置き,それに1つまたは2つの対
旋律を付け加え,それらの対旋律に歌詞を書き加えるという手順で作られた。3声の
モテットの場合,2つの対旋律にはそれぞれ異なる歌詞が付けられ(二重モテッ
ト),それを同時に歌うことが中世モテットの特徴のひとつとなった。さらに13世
紀後半になると4声のモテットもあらわれ,3種類の歌詞が同時に歌われることとも
なる(三重モテット)。それらの歌詞は,はじめのうちはラテン語で,もとの聖歌の
内容を解説するようなものであったが,しだいに内容が自由となり,世紀末にはフラ
ンス語による世俗的な内容の例が多くなった。また定旋律も聖歌にもとづくものとは
限らず,世俗的な旋律による例もあらわれるようになった。

 14世紀に入ると,アルス・ノヴァを代表するヴィトリやマショーが数多く
のモテットを手がけたが,彼らのモテットはアイソリズム(イソリズム)の手法によ
るもので(アイソリズム・モテット),内容も宗教的なものよりも,社会風刺的なも
のが大半を占めるようになった。

 15世紀に入りルネサンス期になると,モテットの様式と性格は大きく変わ
ることとなった。ルネサンス初期を代表するデュファイは,アイソリズム技法による
中世的なモテットも作曲しているが,旋律の自由な動き,快い和声の響き,均整のと
れた形式美などの点で中世の作品とははっきりと一線を画している。ただしこの時代
以後,モテットという言葉は,宗教的な内容によるラテン語のポリフォニー曲を包括
的にさす用語として用いられるようになった。デュファイの場合それは,装飾された
聖歌を最上声部に置き,それを2つの低声部が支えるというカンティレーナ様式の作
品と,歌詞も音楽もまったく新しく書かれた作品の2とおりがみられる。さらに15
世紀末になってジョスカン・デ・プレらの手によってルネサンス式ポリフォニー様式
が完成された段階で,おもに模倣の手法を中心として作曲されたラテン語のポリフォ
ニー曲をさしてモテットとよぶようになった。それはそれ以後のモテットに模範を示
すこととなったが,16世紀後半になると,おもにパレストリーナの作品によって代
表される無伴奏のア・カペッラ様式の例,ヴェネツィア楽派の器楽を交えての複合唱
様式の例など,多様な様式へと発展していった。

 バロック期に入るとモテットも,通奏低音にもとづく器楽の伴奏をともなう
ことが多くなり,合唱ばかりでなく,独唱や重唱のための作品もみられるようになっ
た。ドイツではコラールにもとづくプロテスタントのモテットがさかんとなり,その
もっとも重要な例がバッハの作品である。バッハ以後も,モーツァルト,シューマ
ン,ブラームス,フランク,ヴォーン・ウィリアムズ,ディストラーらがモテットと
題して,小規模な宗教的合唱曲を手がけている。

ノートル・ダム楽派 ( ―がくは )
Notre Dame school [英] 
 12世紀半ばから13世紀半ばにパリのノートル・ダム大聖堂を中心
に活躍。その周辺教会での音楽活動をも含むとの見方からパリ楽派ともいう。オルガ
ヌム,コンドゥクトゥス,モテットなどの多声楽曲の展開に大きく寄与し,その作品
は《マニュス・リベル・オルガニ》の名で知られる大規模な曲集に所収。ここにはレ
オニヌス作とされる2声オルガヌム,さらにペロティヌスが手を加えた3声,4声の
オルガヌムなどが含まれる。声部数の増加,音楽の複雑化は音符の長短,リズムの記
譜を必要とし,リズム・モードの理論がうちだされ,記譜法の発展に大きく影響す
る。とくに,ペロティヌスはディスカントゥス様式によるクラウスラを数多く作り,
ここに歌詞を書き加える形でモテットが発展した。

オルガヌム
organum [ラ] 
 聖歌にもとづく中世の多声楽曲。単旋律聖歌に対して協和音程
をなす声部を即興的に付加する,いわば聖歌の多声による歌唱法の形から発展。しだ
いに声部間の対比が明確となり,付加声部のほうに旋律的主眼がおかれるようにな
る。最初期のオルガヌムは9世紀頃の著者不詳の理論書《ムシカ・エンキリアディ
ス》などにみられ,聖歌の下声に5度,8度,4度といった完全協和音程で並進行す
る声部を加える。不協和音程の三全音を避けて斜進行する例もある。まとまったレ
パートリーは11世紀半ばの《ウィンチェスター・トロープス集》にみられ,ここで
は反進行や声部交差,さらに聖歌を長く引きのばして付加声部で複数音歌うものもあ
る。

 その後オルガヌムはリモージュのサン・マルシャル修道院を含
むアキテーヌ地方で大きく発展。付加声部は聖歌に対して,より自由な動きをするよ
うになり,聖歌を長く引きのばした上でメリスマ的旋律が展開するオルガヌム様式の
部分と,両声部がほぼ1音対1音の動きをするディスカントゥス様式の部分との様式
分化が明確になる。

受難曲 ( じゅなんきょく )
passion [英・仏]  Passion [独]  passione
[伊]  passio [ラ] 
 イエス・キリストの受難物語の付曲。すでに中世には聖
週間(とくに金曜日)においてキリスト受難の物語が,新約聖書に記されている4人
の福音史家(マタイ,マルコ,ルカ,ヨハネ)の報告のどれかに則して単旋律で歌わ
れた(コラール型受難曲)。そこでは福音史家とイエスの言葉,他の個々の登場人物
の台詞(ソリロクエンテン),そして群衆の叫び(トゥルバ)が,役柄別に固有の朗
唱音で歌われた。遅くとも15世紀からは多声の曲も作曲されたが,そのうちモテッ
ト風受難曲は全体をとおしてモテット風に多声合唱で歌う形式である(レヒナー,デ
マンツィウスらの作品)。16,17世紀には福音史家の言葉は単旋律で,ほかは部
分的に多声で歌われる応唱型受難曲が支配的。17世紀以後はとくにルター派の教会
でシュッツ以来しだいに高度な芸術へと発展した。シュッツ自身の受難曲は形式上ま
だ古風なコラール型の痕跡をとどめているが,合唱部分はよりモダンな要素をもつ。
18世紀になるとオラトリオの影響を受けて,器楽伴奏が強化された。同時にカン
タータの形式要素が導入され,全体構成は器楽序奏(および間奏),合唱,レチタ
ティーヴォ,アリア(重唱の場合もある),コラールなどの組み合わせを基盤とし
た。

 受難曲は,歌詞および典礼の視点からは聖書の言葉の
み,もしくはそれを基本としながら自由詩を付加したオラトリオ風受難曲と,純粋に
自由詩のみからなる受難オラトリオの2種類に分類される。前者は福音史家のひとり
の名前でよばれる受難曲。後者の代表的な例は,1712年に出版され,カイザー,
ヘンデル,テーレマン,マッテゾン,ファッシュ,シュテルツェルら一連の作曲家た
ちによって付曲されたB.H.ブロッケス(1680-1747)作詞《世の罪のために
殉教死するイエス》。そのほか《われらのイエスの肢体》(例:ブクステフーデ)や
《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》(例:ハイドン作)なども受難曲に数え
られる。

 受難曲として伝承されている作品の大半は,自作や他者
作品のいくつかの楽章を寄せ集め,部分的に新しく作曲された楽章を付け加えたパス
ティッチョとよばれる形である。

 バッハは5曲の受難曲を作曲したが,現存するのは受難
曲創作の最高峰と位置づけられる2曲《マタイ受難曲》と《ヨハネ受難曲》のみであ
る(《マルコ受難曲》の音楽は散逸,歌詞のみ現存)。バッハの受難曲は死後約80
年間,《マタイ受難曲》のメンデルスゾーンによる歴史的蘇演まで社会一般から忘れ
られ,代わりにこのジャンルの代表作と評価されていたのはC.H.グラウンの《イエス
の死》である。バッハ以後の受難曲としてはベートーヴェン《オリーヴ山のキリス
ト》,マルタン《ゴルゴタ》,ディストラー《コラールパッシオン》,ペッピング
《マタイ受難曲》,ペンデレツキ《ルカ受難曲》などがあげられる。

カンタータ
cantata [伊・英]  cantate [仏]  Kantate
[独] 
 17-18世紀前半においてオペラとならびもっ
とも重要な声楽ジャンルのひとつ。器楽伴奏をともないソロや合唱により歌われ,レ
チタティーヴォ,アリオーソ,アリア,二重唱,合唱など多部分から構成される。カ
ンタータとはソナタ(「演奏される曲」)に対する「歌われる曲」を意味する。

 カンタータは17世紀初頭のイタリアで通奏低音
をともなうソロ歌手用の世俗声楽曲としてオペラとともにモノディから生まれた。費
用のかさむオペラのような舞台作品は作曲の機会も限られたため,カンタータのよう
に小規模な作品は新しいモノディ実践に重要であった。カンタータの語がグランディ
によりはじめて用いられる(1620)頃まで,カンタータは有節の変奏曲であっ
た。1630年代にレチタティーヴォとアリアが截然(せつぜん)と区分され,世紀
中頃までにレチタティーヴォ,アリオーソ,アリアが交互にあらわれるカンタータが
L.ロッシを中心にローマで栄えた。イタリアでは私的サークルなどで演奏される世俗
カンタータが主流で,たとえ劇的な内容でもオペラのように演技をともなって上演さ
れることはほとんどなかった。オペラより洗練された叙情的な歌詞を用いた室内楽的
性格の繊細,微妙な音楽として愛好された。17世紀後半にカリッシミとチェスティ
による洗練,ダ・カーポ・アリアの導入,ボローニャ楽派による通奏低音以外の楽器
の導入をへて,18世紀初頭にはナポリ楽派のA.スカルラッティによりレチタティー
ヴォとダ・カーポ・アリアの交代する定型が整えられた。

 フランスではモラン(1677-1754)が導
入し(1706),世俗カンタータを中心に黄金時代(1715-25)がクレラン
ボー,ラモーによりきずかれた。

 プロテスタント圏の中部・北ドイツでは教会カン
タータが独自の展開をとげた。聖句やコラールにもとづいた17世紀のモテットや教
会コンチェルトがしだいに分節化され,有節アリアの挿入やコラール全節に音楽を付
したコラール変奏をへて,しだいにカンタータの形が整えられた。牧師E.ノイマイス
ターによりイタリア・オペラのレチタティーヴォとダ・カーポ・アリアの形式が歌詞
に導入され(1704),18世紀の教会カンタータの方向が決定された。礼拝で朗
読される聖句と説教の内容を歌詞と音楽によって釈義する役目を果たす教会カンター
タは,礼拝に不可欠な要素となり,カンタータの作曲・上演がカントルの主要な職務
となった。ブクステフーデ,クーナウ,テーレマンらの作品が重要だが,200曲余
りのJ.S.バッハの教会カンタータが,ジャンル全体の最高峰であるとともに彼自身の
創作の中心をも占めている。バッハは君主の誕生日祝賀用など約20曲の世俗カン
タータも残しているが,多くは自身の教会カンタータや《ロ短調ミサ曲》などに転用
(パロディ)されている。

 バッハの没後,啓蒙主義の影響により教会カン
タータは衰退したが,18世紀末以降ソロ,合唱,楽器のための大規模な声楽曲がカ
ンタータの名でベートーヴェン,ブラームス,プロコフィエフらにより作曲され今日
にいたっている。

アリア
aria [伊・英]  Aria, Arie [独]  air
[仏] 
 叙情的で旋律的表現に富む,完結した独唱曲(例
外的に二重唱なども含む)。一般的には,オペラ,オラトリオ,カンタータなど,大
規模声楽曲の主要な構成要素として存在するが,演奏会用アリアのような単独作品も
ある。

 イタリア語のariaには「歌」の意味のほかにも,
「様式」「流儀」の意味もあり,1600年までは,器楽曲における後者の使用例も
数多くみられる。バロック時代においても,器楽の変奏主題(バッハの《ゴルトベル
ク変奏曲》)や,短い歌曲ふうの性格をもつ器楽小品をアリアとよぶ例はある。しか
し,全体としては,1600年以降のオペラの発展とかかわって,アリアはその中心
的役割をになう独唱部分を意味するものとして定着していく。初期のヴェネツィア・
オペラにおけるアリアの多くは通奏低音の伴奏をもち,詩の節と節のあいだには器楽
のリトルネッロが挿入されていた。17世紀後半のアリアの形式はおおむねA B B と
A B A の2つに分類されるようになる。後者はBの後にダ・カーポ記号があり,最初
のAが反復されるためにダ・カーポ・アリアとよばれた。1680年頃までにはこの
形式が完全にアリアの主流となり,反復時のAは自由な装飾がほどこされ,歌手の名
技の絶好の見せ場となった。

 18世紀前半,最盛期のオペラ・セリアは,劇の
展開をになう,叙述的で非旋律的なレチタティーヴォと,場面に応じた心情をたっぷ
りと吐露する叙情的で旋律的なダ・カーポ・アリアの連続で構成されていた。アリア
は劇の展開の枠外にあり,それが歌われるあいだ,劇の展開は停止した。この時代に
は,アリアの伴奏は器楽によるものが主流となり,通奏低音のみの伴奏によるものは
まれとなる。アリアは長大化するが,中間部は短くなり,速度や拍子などにおいて,
主部との対照が図られるようになる。アリアの詩の内容はきわめて類型的なものであ
り,同様の劇的状況であれば,1つのオペラのアリアをそのまま他のオペラのアリア
として利用することもできた。

 18世紀後半から19世紀を通じては,ダ・カー
ポ形式はすたれ,ソナタ形式やロンド形式によるアリア,さらには,曲中で速度や曲
想がさまざまに交錯する自由な形式が用いられるようになる。オペラ中のアリアの数
は減少するが,個々のアリアの規模はいっそう拡大し,より入念で複雑なものとな
り,登場人物の心情はより個別的に,劇的に表現されるようになる。円熟期のヴェル
ディやヴァーグナー,それにプッチーニのオペラにおいては,アリアは劇の展開のな
かに密接に組みこまれているため,前後の音楽から独唱部分を抜きだすことは困難で
あり,アリアとレチタティーヴォの区別すら曖昧なものとなっている。

皆さんどうですか? 眠くなったでしょう。      
                       アイーン犬

モテットとは?

今年度第2回のプログラムで、「モテット」という用語が出ています。
先日も  「これは・・・・?」 という話になりました。

大切なバッハ事典より、簡単に抜書きしておきます。

「モテットMotette 」という語は、13世紀以来、さまざまな形式の多声声楽曲を指す言葉として用いられていた。中世から16世紀にかけては、種々の編成による声楽、ないし声楽と器楽のための音楽全般を意味し、世俗的な作品も「モテット」の名で 呼ばれることがあった。
しかしやがては、宗教的な音楽に限定されるようになる。この傾向はルネサンス時代にいっそう強まり、のちに「モテット」は、主として宗教的合唱曲、さらに19世紀には無伴奏(ア・カペラ)の宗教的合唱曲を指す用語として定着した。

ローマ・カトリックの国々では、「モテット」はオルガンやオーケストラ伴奏付きの、1声ないし複数声部の独唱曲をさすことがあった。
モーツアルトのラテン語によるソプラノ独唱のための <踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ>K165(158a)がその1例である。

バッハのモテット作品。
<主に向かいて新しき歌をうたえ>BWV225
<み霊はわれらの弱きを助けたもう>BWV226
<イエスよ、わが喜び>BWV227
<恐るるなかれ、われ汝とともにあり>BWV228
<来ませ、イエスよ、、来ませ>BWV229

以上、ちょっとお勉強こーなーでした。

おおばっは


すざかバッハの会も、たくさんの皆様に支えられ
お蔭様で2年目が終わりました。

バッハの音楽は、一朝一夕に出来上がったものではなく、
1曲1曲バッハは精魂こめて、神にささげている音楽です。
聴くほどに奥深く、世界が広がっていきます。

礒山先生には、3年目もさらに充実した企画を立てていただきました。
今年度第1回は、待望の「マタイ受難曲」の講演です。

何年か前、サイトウキネンで「マタイ受難曲」が演奏された時
礒山先生は小澤征爾さんはじめ、団員の方に「マタイ」の講義をなさいました。

また、亡くなられた作曲家武満徹さんは、
闘病生活の間、「マタイ」を聴き続けられたというお話があります。

今、バッハは私たちの心にどのように訴えてくるでしょう?

礒山先生、会員の皆様、
どうぞ今年も、よろしくお願いいたします。

おおばっは



「バッハ カンタータへの招待」
    至れり尽くせりのコンサートでしたね!!期待どうりでした。
    ご案内した方々からも大変に喜んで戴きました。
    おりしも、「極上の時間を劇場で」と言うサブタイトルの雑誌が届きました。
    いつも慌ただしく過ぎていく毎日の中で自分へのご褒美として「バッハの会」を位置付けています。
     今回は夫も参加してみて、そんな私の思いを充分理解できたそうです。
    次回をまた、楽しみにしています。

    戸松 陽子


バッハ・カンタータ演奏会
今年度の第一回、2月に行われた講義「楽器への発想:鍵盤から管楽器まで」で
礒山先生は、9月のカンタータでは古楽器が演奏されるとお話されました。
それ以来ずっと楽しみにこの日を待っていたのです。
現代の楽器の音色は、金属製のためにはっきりとした音で、その音色に慣れてしまっています。
でもカンタータの演奏会では違いました。
木管楽器のやわらかな音色は、心地よい響きとなって静かに会場に広がりました。
リュート、ヴィオラ・ダ・ガンバ等、簡単にお目にかかれない楽器が、今目の前で奏でられて
いることが夢のようでした。
また、4人のソリストの皆様の声がホールいっぱいに響き、とても感動しました。
この日から何度もCDを聴き余韻にひたっており、是非もう一度生のお声を聴かせていただきたい
と思っています。
教会の中の響き、静けさ、重厚さが感じられ、バッハの曲の荘厳さを新たに思いました。
心に染み入る魂の響きを感じました。

このように感じるのは加齢のせいでしょうか・・・
次回の講義が楽しみです。

かっぽう着M


9月23日、今年度のすざかバッハの会最大の山場である
バッハカンタータのコンサートがメセナ大ホールにて開かれました。

「え?バッハのカンタータ?むずかしそう〜」
といわれる方も多くて、チケットを売ることは大変でした。
それでもやっぱりバッハのファンは多かったです。
あのメセナ大ホールに700人近いお客様が入ってくださったのですから!
開演前に、ドアの外に並んでくださった方々の列を見たとき、
(よかったあ〜、ありがとうございます。)と心から思いました。

私は、まつもとバッハの会で礒山先生のカンタータの講義を聴くまで
カンタータの演奏をちゃんと聴いたことはありませんでしたし、
カンタータという音楽にあまり興味も持っていませんでした。
なのにいつからか、「カンタータの森」に迷い込んだようです。
同じ曲を何度聴いても、初めて新しい曲を聴くような喜びを覚えます。
今回リフキン氏が特に選ばれた3曲は、「死」というテーマでありながら
暗い「死」ではなく、魂の安らぎが満ちています。

4人のすばらしいソリストと、バッハコンチェルテイーノ大阪の管弦楽の息の合った演奏は、
リフキン氏のやわらかな流れるような指揮によって見事なアンサンブルになり、
聴衆をバッハの崇高な音楽の世界へと引き込んでいきました。
カンタータという一見難解な音楽を、誰にもわかりやすく解説してくださる礒山先生の
お話がなかったら、聴衆はみんなα波の海に漂ったことでしょう・・・
須坂で最高級の演奏を、ありがとうございました。

いつかこの須坂で、「カンタータの演奏会を開きたい」という夢がかなった今、
いつかこの須坂で、「マタイ受難曲の演奏会を開きたい」という夢がふくらんでいます・・・。

おおばっは


前々会の迎賓館でのバッハの会に感想を書き込むようにとNさんに言われていたのに
その日はあいにく朝から体調が悪く、講義の途中で退場してしまい感想が書けなかったので
9・23のカンタータの演奏会について私の感想を書くことにします。

何といっても沢山の人に聞きに来ていただき会場が満席になたことがうれしかったで
す。チケットを買ってくださった方にも誘ってくれてありがとう、と逆にお礼をいただけたことです。
いつでも一流の芸術や音楽は誰の心をも魅了するものですね。特に良かったのは礒山先生の
解説だったとのお客さんもおられましたが。もし礒山先生の解説がなかったらと思うとせっかくの
良い演奏も魅力が半滅していたかもしれませんね。

とにかく礒山先生ありがとうございました。私の家内もはじめてバッハの演奏をじかに聞いて
思いをあらためたようです。それだけでも私にとって記念すべき良い日でした。

上野 榮蔵


こんにちは、バッハの会で始めてお目にかかった 133 斎藤 和衛 です。
当日はありがとうございました。

 クイズの賞品で頂戴したCDは ブランデンブルグ協奏曲全曲が2枚組で
G.レオンハルトのチェンバロでコレギウム・アウレウム合奏団の演奏でした。
流れるようになかなかに良い演奏だと思いました。

 思い出して棚からLPを取り出してみると、なつかしや '76.7
カレンダーから作った手製のジャケ袋に入ってました。 エラートから出た
パイヤール版です。ぎらつく感じのトランペットが印象に残っていて、奏者の
名を見たら、後で有名になったモーリスアンドレ。このころは古楽器なんて発想は
まだなかったのでしょう。

 パーティは勿論、この会へは今年初めてですが、内容と言い、メンバーといい、
設営といい、なかなかにすばらしい会だと感心しています。昨年の会員募集に
気がつかなかったのが惜しい思いです。


バッハパーティー

「飲み会」にはなぜか参加してしまう私です、悲しい性ですね。
ところでバッハパーティーは普通の「飲み会」とは全く違います。
先ずはコーラス!
プロ集団、石川橋の方々による神がかり的歌声!!
今いるこの場所がヨーロッパの教会の中なのか天国なのかわからなくなってしまいました。
記念合唱団やシャンテの歌声も魔法がかかって
それはそれは美しく、透明でした。
「クリスマスみたいだ」と喜んでいる方もいましたが・・・
無料で聴いてしまっていいの?と思いつつ
この歌声を耳にできただけでもパーティーに参加してよかった♪と思いました。

そして礒山先生のクイズタイム!
このときの先生はいつも少年の顔をされています。
茶目っ気たっぷりな礒山少年に今回もお会いでき、とっても嬉しかったです。

最後はこれも恒例の全員合唱!
そこにいた人でなければ味わえない一体感、
心が一つになった至福の瞬間。

参加した人だけが得をするバッハパーティー
本当に楽しかったです。

追伸
礒山先生、ビールの正統派ブレンドの仕方を次回お話しますね。
お楽しみに!

川上昌代



順一 越

バッハと出会って30余年。リヒターに感動、あの眼光鋭く奥深い信仰の只中にある
演奏に胸を熱くし、時には涙しながら聴いていました。日曜日は教会の用事で忙し
く、講座にはまだ一回しか参加しておりませんが素晴らしい講座で感動しました。早
速DVD(マニフィカト)を購入しました。9月のコンサートをたのしみにしています。こ
れからの活動を楽しみにしております。


9月のリフキン公演では、お世話になります。
いずみホールの梅垣と申します。

さて、9月の出演メンバーのお知らせが出来ておらず、大変申し訳ございませんでした。
既にご存知かもしれませんが、以下の通りご報告申し上げます。

第1ヴァイオリン   川原千真  小田瑠奈
第2ヴァイオリン 三輪真樹  小田透(9/18,20)
第2ヴァイオリン/ヴィオラ 大塚まゆみ 
ヴィオラ  李善銘(9/21,23,25)
チェロ 田崎瑞博
コントラバス 蓮池仁  
ガンバ   神戸愉樹美 坂本利文(9/18,25) 小澤絵里子(9/20,21,23)    
リュート 左近径介    佐藤亜紀子
オルガン 能登伊津子
トラヴェルソ 中村忠  菊池香苗     
オーボエ  江崎浩司  前橋ゆかり 森綾香   

以上が器楽メンバーでございます。
どうぞご確認下さいませ。

ご連絡が遅くなり誠に申し訳ございませんでした。
他に何かございましたら、ご連絡頂ければ幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

☆★☆★☆★☆★☆★☆
   いずみホール 
   梅垣 香織


「バッハとバロック音楽」
第3回講座「家族への発想:妻と子供」を聴講して

 1.講座について

・相変わらずの礒山先生の名調子での解説に、自然と引きこまれる思いがしました。
・特に今回は、バッハの家庭環境に触れられており、今までとは違ったバッハの一面を覗く事が出来たように思い、遠い存在が身近に感じられるように思えました。
・バッハの家系(一族)は、音楽家一族であることは有名であるが、一族の人数の多さ及びその父の偉大さ(熱心さ)が  覗えた。
・良妻、子育て(子供の教育)、素晴らしい指導による優秀な弟子たちと、教育家として素晴らしい人物であった事は、現在の世界でも多いに教えられる面もあり、環境と自助努力により大きな功績を残してきたことも、うなずける面も  多々ある事が理解できた。

 2.ハーフコンサートについて

  (1)細矢さんについて
   ・細矢さんの歌には、毎回(前回もそうであったが)すっきりさせられる気分になり、今回は前回にも増して磨きが掛かってきたように思えた。
   ・多少場慣れをして来た感もあるが、日頃からの精進が徐々に大きくなって来るように思います。
   ・今後の活躍に多いに期待したいところです。

  (2)加藤さんについて
   ・加藤さんの演奏を始めて聞き、今まで聞いてきた演奏家、伴奏家とは違っているなと直感しました。
   ・独特な雰囲気を持ち、独特な演奏をされている事が強く印象付けられました。
   ・演奏家というより、作曲家としての道を歩まれているようですが、即興での演奏には「素晴らしい」と言うよりも「驚き」を感じたくらいです。
   ・これからの日本における、新しい感覚での作曲の道を開いて行かれるに相応しいし、またそれなりの素晴らしい能力を持ち供えているように感じました。
   ・今後のご活躍にエールをお送りします。 

  3.トークタイムについて
   ・時間的に短い事もあって、充分な面(お二人の人間的な)が出せなかった事は、残念に思えた。
   ・このようなコーナーを設ける事は、企画として大変良く又、親しみを感じることができる。

 4.全般について
   ・今回は、全般的にバラエティーに富んでおり大変素晴らしい企画でありました。
          
                 聴講者  小松 和夫


バッハの「2度の結婚と20人の子供たち」との見出しに大変興味がわき先生の講義を楽しみにしていました。
これにはきっと、私の知らない大ロマンが存在しているのでは?
バッハの音楽に対する情熱と、古めかしいといわれる作風の中にも豊かな感覚を持ち合わせていたと同様に、
私生活においても、情熱的で、波瀾万丈に満ちた一生だったのでは・・・

俗っぽく想像していた自分自身に苦笑せざるを得ません。
良き人間教育には、よりいっそうの良い音楽を・・との考えを常に持ち続け、家族を愛し大切にしたバッハ。
多年にわたり、数多くの作曲を手がけた勤勉さ、まじめさ、集中力等!
ただただ感心するばかりです。

細矢さんと、加藤さんのコンサートは、すばらしいのひとこと!
オリジナル作品の歌曲「挽歌」に聞き惚れました。
詩とメロデイが1つの流れとなり、自然の情景が目にうかび、胸に込み上げてくるものを覚えました。
情感豊かな作品に久々に感動、心に残るコンサートでした。
お二人のますますのご活躍を楽しみにしています。

          須坂のイケママ


今晩は。須坂の隣、O町のK,I と申します。2回目の投稿です。
4月の講座はやむなく欠席でしたので今回は楽しみにしておりました。
須坂バッハの会も折り返し点との事で、今回の講座(家族への発想)は大作曲家の家庭人としての違った一面を覗かせて頂き、なにか身近に感じられてとても良かったと思います。

2人の夫人の事もともかく、20人の子沢山にはびっくりさせられますが、中でも息子達が偉大な父親の作曲家という職業を継承している訳ですから、才能は少なからず受け継がれて行くものなのでしょう。
とはいえ息子達の作品には全く馴染みが無く、又、今回の講座が(家族への発想)と判っておりましたので、予習のつもりで2ヶ月程前に蔦屋で”BACH SONS”というCD7枚組を購入してみました。

(余談ですが蔦屋には輸入版のかなりリーズナブルなCDが結構沢山有ります。演奏家がマイナーだったり解説が英文だったりしますが、とりあえず聞いてみるには充分と思って、乏しい小遣いの許す限り目に付いた物は買うようにしています。礒山先生の講座に最初の頃よく出てきました”モンテベルディ”の作品等も見つかりました。)

講座の後、それぞれの息子達の作品を聞き直してみましたが、今度は講義で受けた先入観が有る為か、長男のウイルヘルム、フリーデマンのシンフォニア(不協和音 Dissonant)は確かに何か不安定ですし、弟のカール、フィリップ、エマニュエルや後妻の息子達の作品は何処となく明るく屈託無い様な気がしてきます。そして僅かばかりの曲を聴いただけでこう言うのも何ですが、息子達はやはり父”大バッハ”は越えられなかったのかな?というのが率直な感想です。

結局はあらためて父”大バッハ”の偉大さを思い知らされている次第で、職業とはいえその作品の量だけでも圧倒させられてしまいます。我等凡才は日々の生活に感けて、其の全曲を聴く事さえなかなか叶わないのですから。

バッハの会に参加させて頂いてから、こうして次々に今まで知らなかった世界に興味を持つ事が出来て、本当に有り難く思っております。又、礒山先生の益々油の乗った御講義も勿論のこと、今回の様に若い演奏家の方々のコンサートも毎回大きな楽しみの一つです。

此れからも楽しい企画をお願い申し上げつつ、おおバッハ会長様はじめスタッフ皆様の今後の御活躍を御祈念申し上げまして、其れでは此れにて失礼させて頂きます。

O町 K,I       

###########################
(追伸 クイズこーなーの答)相変わらず自信有りませんが。

(1)3:BWV   これは大丈夫でしょう。
(2)3:声楽曲の一ジャンル?  独語:Kantate (交声曲)
(3)1:教会暦(復活祭かなんかを基準とした4週?)に従って?
(4)3:1週に1曲?(9ヶ月で40曲)
(5)2:逃走する?(ザ、ピーナッツの”恋のフーガ”(古いなー)の出だしが"追いかけーて"なので)




<クイズのクイズ>

博識Yさま、バッハの問題は見事せいか〜いです。
クイズのクイズを解く方が難解だったりして・・・?

皆様、天文学者であり、数学者Yさまのクイズで
2度お楽しみくださいね!

では、第3ラウンドといきましょうか!


クイズこ〜な〜

(1) ドイツの音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが1950年に刊行した
   バッハ作品目録は、その頭文字をとって何と呼ばれるか?
   1:BМW   2:BCG   3:BWV

(2) バッハにおける「カンタータ」(ドイツ語:Kantate)の一般的な意味は?
   1:教会音楽の一ジャンル   2:器楽曲の一ジャンル   3:声楽曲の一ジャンル

(3) バッハの「教会カンタータ」に関する説明文のうち正しいものは?
   1:教会カンタータの多くは、教会暦の定める礼拝音楽として作曲・上演された。
   2:教会カンタータとは教会の中で演奏される音楽全般のことを意味する。
   3:教会カンタータには、すべてコラール(ルター派教会の讃美歌)が含まれる。

(4)ライプツイッヒに来てからの数年間、バッハは精力的に教会カンタータを作曲する。
   当時平均的にどれくらいのペースで教会カンタータを作曲したか?
   1:1ヶ月に1曲   2:1ヶ月に2曲   3:1週間に1曲

(5)「フーガ」(ドイツ語:Fuge)のもともとの意味は?
   1:盗む   2:逃走する   3:格闘する


第2回の解説

1707年、バッハさんはバッハとは又従姉の関係にあたるマリーア・バルバラと結婚。
1720年、バッハが主人に同行したカールスバートへの旅行から帰ったとき、バルバラはすでに埋葬されていたのです。その翌年の1721年、アンナ・マグダレーナと結婚。彼女は、1721〜1723年までケーテンの宮廷ソプラノ歌手を務めました。
バッハのよき理解者であり、手助けをした彼女の筆写譜の筆跡は、夫であるJ・S・バッハのものに非常によく似ています。



 

2ヶ月ほど前のクイズコーナー2のクイズの答のクイズの答の答を
回答いたします。クイズの答のクイズの答は以下の通りでした。

(1)・クイズ番号1と2の答えの数字を足した数はクイズ番号4と5の
    答えの数字を足した数と同じ。
(2)・答えの数字の個数は3は2個、2は2個、1は1個。
(3)・同一の答えの数字は隣にない。
(4)・クイズ番号と答えの番号が一致している数は1個。
(5)・クイズ番号1と2の答えは1ではない。
(6)・クイズ番号と答えの数字を足した数は4が3つ、7が2つである。

クイズ番号は1〜5まで有り、答えは1,2,3の3者択一でしたので、
(6)よりクイズ番号1の答えは3。(番号と答を足して4)
     クイズ番号2の答えは2。(番号と答を足して4)
     クイズ番号3の答えは1。(番号と答を足して4)
     クイズ番号4の答えは3。(番号と答を足して7)
     クイズ番号5の答えは2。(番号と答を足して7)
 *クイズ番号1〜3はクイズ番号と答えの番号とを足して
  7にする事は出来ません(4にするしかない)しクイズ番号4と5は
  答えの番号とクイズ番号を足して7にする(4にはできない)しか
  ありません。(6)から全問回答できます。お粗末。

          薄識Y生



小学生の頃は、かつて教員だった母親に強制的に音楽を聴かされ、
その反動で中学時代は演歌に狂う。
高校ではプレスリーとシルヴィー・バルタンにかぶれ、
大学時代は一人暮らしの寂しさをフォークソングで癒し、
社会人になってカントリー&ウエスタンとテレサ・テンに染まる。

それから20数年。縁あって皆様と知り合い、まさかバッハとは………。

今回の講座を聞き、コーヒー・酒・女?が大好きで、
多少肥満気味なバッハを知り、非常に親近感を覚えた私でした。

追伸
ル・タン・ドの演奏もそうですが、何でも『生』で見たり聞いたりする事は、
素晴らしい事だと思います。
                                     以 上
           ―音楽聴くことが大好きな肥満爺― 



あふた〜4:30

私がバッハに関心を持ったのは実は最近です。バッハと言うより音楽、特にクラッシ
クに耳を傾けていたのは高校生時代、吹奏楽クラブにさかのぼります。
皆さんと同じように最初に聞いた音楽はヴィヴァルディの四季、イ・ムジチの盤です。

アーヨのヴァイオリンの凄さに感動したものです。その頃の指揮者の花形はカラヤン、
私の古いレコードにも彼の物が多いように思います。
カラヤンであれば何でもいいもの?そんな風潮でした。懐かしい思い出です。
そんなお話は次の機会があればお話しますね。

・・・まだそこではバッハはまだ私のレパートリーにあまり登場しません。その後30年余り、
私の耳に聞こえたのがバッハの器楽曲でした。それも病院のベッドの上、点滴を受け
ながら聞いた無伴奏、いくつかの組曲、ブランデンブルグ。心地よい響きでした。
それ以来、私もバッハの音楽に芽生え、聞くようになりました。幸いなことに、形から入る
担当さん、CD、レコードはある程度もっていましたので幸い。そして今、この会で学べる
幸せを味わっています。今後とも宜しくお願いします。

ついでの話ですが、マイナーな演奏者でも凄くいいものがありますよ。私はその時の気分で
聞いています。

しろぎつね、ル・タン・ド、ついでに齋藤氏担当 マッキーノこと牧野でした。(~o~)


去る4月18日(日)メセナ小ホールでコーラス・シャンテの演奏会を
開きました。
題して〜さくら さくら〜コンサートです。
オープニングは、お琴との共演で〜さくら さくら〜でした。
すざかバッハの会でおなじみの実行委員のお顔がたくさんありますでしょう。
テイータイムには、桜茶と草もちでおもてなし。
とてもおしゃれなコンサートでした。
シャンテの素敵な晴れ姿をごらんください。
おおばっは


時事通信社のニュースでっす

バッハ幻の楽譜、日本で発見=「結婚カンタータ」80年前から所在不明
2004 年 4 月 3 日

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 約80年前から所在不明になっていたバッハの「結婚カンタータBWV216」の楽譜が国内で発見され、国立音楽大学が買い取っていたことが3日分かった。ピアニストの故・原智恵子さんが保有していたもので、実物と判定された。

 この曲は1728年に作曲された。楽譜はソプラノとアルトのパートの音符、歌詞が書かれており、同年の初演用に、バッハの監督、指導の下、生徒が作成した。B4判ほどの大きさの紙8枚に、黒インクで手書きされている。

 鑑定した礒山雅同大教授は「バッハ自筆の作曲スコアが失われ、不完全に伝承されていた曲なので、待望の楽譜の発見だ。貴重な資料で、バッハ研究が一歩前進できる」と話している。 


3月15日

博識Y生さま
見事全問せいか〜い!です。

他の皆様も挑戦してくださいね。
答えがわかったら、クイズのクイズにも挑戦してみてください。
算数苦手、なんて言わないでネ。

4月11日の講義、飲み物への発想:コーヒーとワインでは
3月の、立川と大阪でのコーヒーカンタータの演奏会のお話も
伺えるかもしれません。
私は、30日に大阪のいずみホールに聴きに参ります。
礒山先生、よろしくお願いいたします。

おおばっは


3月14日

クイズコーナー2の答えは以下の通り。
(・・・と思います Hi)

・クイズ番号1と2の答えの数字を足した数はクイズ番号4と5の
 答えの数字を足した数と同じ。
・答えの数字の個数は3は2個、2は2個、1は1個。
・同一の答えの数字は隣にない。
・クイズ番号と答えの番号が一致している数は1個。
・クイズ番号1と2の答えは1ではない。
・クイズ番号と答えの数字を足した数は4が3つ、7が2つである。

クイズの答えをクイズで答え。(字足らず)
薄識Y生


3月11日 礒山先生からのご意見にどなたか発言されるかとお待ちしていましたが、無いようなので不肖Q平が申し上げます。
えーと、このページも私が管理しているのですが、文章の整形について私の趣味ではどちらでもかまいません。
ただ、中央整列の方が見た目におもしろいかなと思った次第です。思いがけないところで改行され、
読むには見づらい時もあるかもしれませんね。でもご愛敬です。

発言される方の希望にあわせますので、その旨おっしゃって下さい。
またいつでも変更は出来ますので、気楽に行きたいと思っています。

それにしても、皆さんのご発言を心よりお待ち致します。
Q平


 ホームページ誕生おめでとうございます。盛り上げていきたいですね。皆さんのご支援、本当に心から感謝しております。
    
 ところで、文章が「中央揃え」で整形されていて、改行が多いのが気になります。私の趣味では左揃えの方がいいように思うのですがいかがでしょう。皆さんのご意見でかまいませんが。

 2月26日  礒山 雅     


2月23日

暖かい春から、また冬に逆戻りです。

昨年の講義記録が新設されましたね。
レジュメを開いて曲名をクリックしたら音楽が!
全部試してみました。
印象が強烈だったオルガンの演奏は、あざやかに映像がよみがえってきます。
それと、礒山先生がおっしゃったことが今一度ゆっくり反芻できました。
続きが楽しみです。

おおばっは

クイズこ〜な〜(2)

(1)のカイセツ
日本名小川さんことバッハさんは、ドイツアイゼナッハ生まれ
ヘンデルさんと同い年です。バッハ家の祖、ファイト・バッハ(?〜1577以前)は
ヴェヒマルに住むパン職人で、ツイトリンゲン(小型のリュート型楽器)の演奏を
こよなく愛したといわれています。ドイツ語の「Backen」(パン焼き)が「Bach」の名の由来という説もあります。

1.1707年に結婚したバッハの最初の妻の名前は?
   1:バルバラ・マルガレータ  2:マリーア・ザーロメ  3:マリーア・バルバラ

2.ケーテン時代の1720年、バッハは最初の妻を亡くす。バッハはその死に目に
  立ち会えなかったがなぜか?
   1:宮廷で演奏中だった  2:主人とともに旅行中だった  3:自分も重病だった

3.バッハの2番目の妻の名前は?
   1:アンナ・マグダレーナ  2:ドンナ・アンナ  3:マリーア・ゾフィーア

4.この2番目の妻は音楽家でもあった。どんな音楽家であったか?
   1:ヴァイオリン奏者  2:フルート奏者  3:ソプラノ歌手

5.この2番目の妻はバッハの創作活動にとって大きな手助けともなった。その役割とは?
   1:楽器製作者  2:写譜者  3:編曲者


薄識Y生様 バッハの日本語は「芭葉」じゃないんですか?と、とぼけたことしかいえないQ平です。

さて、掲示板の件ですが、「削除・編集」欄には 「※半角英数字9文字まで」の任意の文字を入力します。
つまり自分が書いて掲示板に載せたモノを、自分が削除・編集するわけですから、
自分しか知らないパスワードを入れる訳です。パスワードは自分が忘れないような任意の文字数字です。
万一外部より関係のない人が、不適切なことを掲載した場合には、掲示板の管理者(Q平)が削除いたします。

以上、掲示板のしくみをご理解いただけましたでしょうか。
またご不明の点ありましたらご遠慮なくお問い合せ下さい。


Q平様 管球アンプのお話、有り難うございました。
熱電子と高電圧の恩恵かもしれませんね。
掲示板の「削除・編集」欄に入れるキーは何を入れるのでしょうか?
クイズコーナーは1問を除いて全て調査終了しました。
しかし「バッハの日本語は?」がどーも判りません。
辞書が必要なのでしょうか?それともトンチ?
世にも稀なる愚か者にヒントください。
?????
m(_ _)m

ん〜ム〜ム〜ウウッッ・・・・・・ ←ハミングではありません。
考えている様子を表現しています。

    −薄識Y生−


2月21日

こんなにオーデイオ機器が進歩しても
管球式のスピーカーの音が暖かく聞こえるのは不思議ですね。
日曜日の朝、NHKFMで「20世紀の名演奏」という番組を聴いていますが
懐かしい演奏家のLP録音を聴くと、なぜかゆったりとした気持ちになるのです。

私が中学生のとき、お小遣いをためて初めて買ったレコードは、
カラヤン指揮ベルリンフィルのベートーヴェンの運命とシューベルトの未完成だったなあ・・・
そして、そのころ本物のオーケストラを初めて金沢で聴いたのも、
確か、カラヤン指揮のベルリンフィルでした。
感動!というより、初めて見た世界にただただ目を真ん丸くして呆然と見てたような記憶が。

おおばっは


2月20日
バッハの会では、毎回ヤマコーさんにお願いして、
1セット100万円もするオーディオのセットをお借りしています。
皆さんお感じのように、その音の良さには定評があります。
実は先日、私もある人の紹介で、管球式のアンプを格安で譲っていただきました。
不思議ですよね。これだけ技術が進歩しても、50年以上前につくられた旧式の管球アンプの方が
いい音が出せるというのは。
同じCDでもトランジスタの音と管球式の音とでは全く違うのです。
音に厚み、奥行き、幅、そして暖かさ、さらに艶っぽささえでてくるのです。
すると聴く音楽もまた、伝わり方が違ってきます。
バッハをお聞きになっている方は是非1台、管球式アンプをおすすめします。
Q平


# バッハの会、毎回楽しみです。

今晩は。初めて投稿致します。
須坂の隣町に住んでいます K,I と申します。バッハの会、いつも楽しみにさせて頂いております。
仕事柄、芸術的な物とは全く縁の無い生活を送って参りましたが、一昨年町楽友会のコンサートで
バッハの会のパンフレットを頂き、こんな機会は又と無いと思って、即刻入会申し込みを致しました。
昨年の第一回から毎回欠かさず出席しておりますが、磯山先生の講義内容や音響、映像のクオリティも
素晴らしく、期待以上でもう大満足です。(今でも初回のトッカータとフーガが頭の中で廻る日が有ります。)
こんな立派な会を企画されましたおおバッハ様や、実行委員の皆様に常ずね敬意を抱いております。

私がバッハの音楽に出会ったのは、36-37年以前のまだ学生だった頃です。
中学生の頃に作曲家の歴史的な勉強はやったのでしょうが、個々の音楽的な部分にはまだ興味が無く、
其の後もクラッシック音楽とは無縁の日々が続いておりました。
学生で東京にいたある夜、試験放送のNHK-FMを聞いておりましたら、何やら心地良い音色が響いて来て
私はとても心安らぐハッピーな気持ちになりました。それがバッハの無伴奏チェロ組曲だったのです。
其の後いろいろレコードを集めたり、コンサートに出かけたり致しましたが、所詮浅学非才にて
今回改めて磯山先生の講義を拝聴致しますと、バッハの奥の深さを思い知らされている次第です。
とは言え折角御教示頂いている訳ですから、此れからは出来る限り、その音楽に接していきたいと思います。
取り留めの無い文章にて失礼致しました。皆様のなお一層の御活躍を御祈念申し上げます。
O町 K,I
(クイズの答。順番に 2, 1, 3、2、2  でしょうか? 自信有りません!!)


2月19日
バッハクイズ あまり分らないので、いつか答えをお教え下さい。
ところですざかバッハの会と言うことなので、須坂の事書かせてもらいます。 
近日始まります「信州須坂のひな祭り」の事です。 今年は3年目を迎えます。
地図も一新し楽しい地図が出来て近日中に皆さんにお目見えしますが、楽しみにしてください。
正式には3月3日から始まるのですが、すでに笠鉾会館では江戸時代の「素晴らしい
享保雛」や「親王雛」「御殿雛」が沢山飾られています。 この雛たちは一見の価値のあるものばかりです。
是非寄ってやって下さい。
3階建ての繭倉には、かわいらしい「繭の雛」も沢山あって300円で購入も出来ます。
ちょっと触ってみたいものばかりです。お茶のサービスもあります。
「信州須坂のひな祭り」第1弾のお知らせです。 
あ・・そうそう、見るだけでなく地酒の試飲や、おやきの試食、味噌パスタ、お味噌味の350円のオムレツ
だってありますよ。
花より団子、だまされたと思って一度出かけてみてね。
バッハのことでなくてまずかったかな・・・・・・

シティーボーイ
 
2月18日
薄識Y生様励ましのお言葉誠に恐れ入ります。
さて、私の答えは全部「3 」なんですが、いかがでしょうか?
ところで、全問正解者には何かでるのでしょうか?
Q平

2月18日
拝啓 Q平様
ホームページの改築、増築工事お世話様です。
クイズコーナの問題ですが、ひとつも判りません。
こんな大虚け者が実行委員ですみません。
文献を紐解いて全問クリアするど〜!
まてよお〜〜ぶっ文献が一個もない・・・・。
トホホ・・・。
まてまてインターネットがあるじゃないか!
       
      −薄識Y生−

 
2月17日

せっかくできたサロン「風雅の戯報」もお客様が少なくて、
寂しいかぎりですね。

牧野大地主さまは、元気回復なさいましたか?
バッハの会のときは、照明係りのためにわざわざ来ていただき、
なんとお礼を言ったらよいか・・・

このサロンでおもてなしするための初心者向けレッスンを
マスターQ平氏により、行なっていただくことにしました。
ご期待ください。

おおバッハでした

クイズこ〜な〜(1)
1 バッハの生まれた国は今のどこ?
  1:オーストリア  2:ドイツ  3:ハンガリー

2 バッハの生まれた町は?
  1:アイゼナッハ  2:ザルツブルク  3:ブタペスト

3 バッハと同じ年に生まれた作曲家は?
  1:ヴィヴァルデイ  2:パッヘルベル  3:ヘンデル

4 バッハさん、日本語では?
  1:大木さん  2:小川さん  3:高田さん

5 バッハがしたためた「音楽家バッハ一族の起源」にバッハの祖として記載されているファイト・バッハは何の職人であったか?
  1:楽器職人  2:毛織物職人  3:パン職人

            出展「バッハ問」より

 

 
2月16日
「風雅の戯報」なんてしゃれてますね。うんうんOhバッハ先生もなかなかいいせんいってます。
いっそのこと、このバッハサロンの名前もそれにしませんかあ ?
Q平
 
−トップページのカウンタについて−
問題は、人の数をバッハさまの作品番号としてよかったか?・・・です。
記念番号は、バッハの最後作品Bwv1080になったときにしましょうか?
これは、「風雅の戯報」です。
 
Why did not somebody teach me the constellations,
and make me at home in the heavens whitch are
always overhead and whitch I don't half know to this day?

ご存じの方も多いと思いますが
これはイギリスの思想家Carlyleの晩年の言葉です。
音楽の巨匠バッハはその辺のところはどうだったのでしょうか。
全く感想になっていませんが許してください。 m(_ _)m
−薄識Y生−

 

優雅なサロンに、寒い風が吹き抜けて行きそう・・・

その痛みは知る人ぞ知る。
・・・・そして、その痛みはバッハの音楽で癒される・・・・

おおバッハ

 
2月10日
「風雅」の名の由来をお話しします。
バッハ通の方はたぶん「トッカータとフーガ」からだと思うのでしょう。
違います。
「痛の礒山(先生)」からきています。
同病相憐れみ、傷をなめあいながらの意味を込めてつけてみました。(~o~)
Q平
 
2月10日
バッハサロン「風雅」っておしゃれできれいな名前ですね。
マダムおおばっはといたしましては、これに決定!したいと思います。
毎回すざかバッハの会では、和服のママ、そして笑顔の素敵なお姉さまが
会員の方たちをお迎えいたしております。
次回のコーヒー・ワインパーテイがますます楽しみに〜♪
おおバッハ
 
2月9日
たくさんの質問に対して、礒山先生は資料をチェックすることなくスラスラと
  回答されたので驚くとともに、「さすが知識の宝庫、歩くバッハ百科事典!!」と
  感嘆し再認識いたしました。    
  また、HPでの「椿姫」の解釈もいいですね、素直に頷けました。
   そしてさらに、カラオケやラーメンや回転寿司などにも凝っておられるそうで、
  市村良三事務局長の言われた「お人柄がすばらしい」とのコメント通りですね。
   次回は難しい質問を!・・・・と思いましたが、それなりの勉強をしないと質問もできないと気がつきました。  
  「ワハハハ、愚か者めが笑止千万、十年早いわ!」、と言われそうであきらめました。
〈神林 章 〉
 
2月9日
すざかバッハの会、第2年度がスタートいたしました。
いすだけが並んでいるかも・・・と心配された礒山先生。
お陰様で、130人余の方が来て下さり、私もほっと胸をなでおろしました。
実行委員の皆様、それぞれの係りでご苦労様でした。
笑顔の受付嬢、頼もしい駐車場係、あうんの呼吸の機器係などなど。

今回は、楽器への発想をテーマに、
バッハが流行の最先端のセンスで
手を変え、品を変えて作曲したブランデンブルク協奏曲6曲。
古楽器の妙技を聴いて、見て楽しみました。
バッハの多才ぶりに、みんな「う〜ん・・・・・・」

礒山先生、細矢さん、30歳ほやほやの齋藤さん、
今年も元気に須坂に通って来てくださいね。
よろしくお願いいたします。

先生、きょうは朝から雪が降りました。
先生は本当に「晴れ男」でいらっしゃいます

(ohバッハ)

 
2月8日
今年度の講義がはじまりました。今回はスタッフの中に「オオジヌシ」がいて、機材の準備がどうなることやらと
心配しましたが、
他のスタッフの多大なる応援があって無事何事もなく終了しました。
はやく雨降って「ジ」かたまって欲しいですね。
ところで、日本人の特性なんでしょうか。今回から質問を紙に書くようにしたら、たくさんの質問が寄せられました。
やっぱり手を挙げて、マイクをもって、みんなの前で発言するというのは勇気のいることなんですね。
あふたー4.30ということで新しい試みですが、たくさんの質問があってよかったです。
〈Q平 〉